「シックススターフィニッシャー」 世界6大マラソン走破の福元さん



6大会の開催地が刻まれたシックススターのメダルと、完走証を手にした福元さん。首には各大会で得たメダルも。

 牟礼在住の福元誠さん(63)がこのほど、世界6大マラソンを走破した「シックススターフィニッシャー」として名を刻んだ。6大会の完走証と記念のメダルを手にして「マラソンで大きな人生の楽しみを得た。シックススターのことをより広く知ってもらい、6大マラソンに挑戦してみたいという人が増えれば」と話す。
 世界6大マラソンは、WMM(ワールドメジャーマラソン)とも呼ばれ、ボストン、ニューヨーク、シカゴ、ベルリン、ロンドン、東京がある。これらの大会は、エリートランナーが記録を競う舞台としてはもちろん、一般ランナーからの人気も高い。シックススターフィニッシャーは6大会の主催者による「アボット・ワールドマラソンメジャーズ」が認定するものだ。6大会を完走してこの称号を受けた人は、世界で3千人以上おり、うち日本人は約130人という。
 福元さんはまず2010年にシカゴを走り、ニューヨーク、東京、ボストン、ベルリンに出て、今年4月22日にロンドンを完走。約8年でシックススターの認定を受けた。
 シックススターメダルを知ったのは昨年で、その後、知り合いが達成したことなどに触発され、さらなる意欲を燃やした。最後のロンドンでは、達成できたものの体調が優れず途中で歩いてしまい、4時間17分44秒でゴールとなり「サブ4で終わりたかったが、喜びが半減してしまった」と悔しさもにじませる。
 マツダの社員だった福元さんがマラソンを始めたのは54歳の時。米国デトロイトに駐在していて、健康管理の一環で、職場の仲間ともに同地のマラソンに出ようと取り組み始めた。初めて出たデトロイトは4時間42分33秒でゴール。それ以来、フルマラソンは通算28レースに参加し、初めてサブ4を達成したのは8レース目の防府読売で、3時間45分39秒だった。
 目標実現のため取り組む中、多くの人々に励まされながら「やれば何とかなる」「自分らしいペースで」と続けたことで、マラソンが自己実現につながり、前向きになれたと実感している。「健康管理のため始めたマラソンのおかげで、今では非常に元気」と笑顔を見せる。
 トライアスロンにも取り組んでおり、一昨年には米国オクラホマであったワールドチャンピオンシップスに、60〜64歳の部で日本代表のうちの一人として参加した。次に掲げる目標は、毎年ハワイで開かれる世界最高峰のトライアスロン大会「アイアンマンコナ」への出場だ。
 好きな言葉として「夢は逃げない、逃げるのは自分だ」を挙げた。「つらい時には、この言葉を思い出してがんばった」と振り返る福元さん。「悔いの残らない人生にしたいと常に考えてきた。これからも健康を維持し続けたい」と語っていた。
2018年06月12日(火) No.4113 (未分類)

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