下右田遺跡で発掘調査説明会



奈良時代の建物の跡が確認された発掘現場で行われた説明会

 弥生時代から室町時代にかけての建物跡が数多く見つかっている下右田遺跡で第39次発掘調査が行われており、その成果を発表する現地説明会が10日、右田小南側の発掘現場で行われた。これまでの調査で、一帯には飛鳥時代から平安時代にかけて地方の行政機関「佐波郡」の役所があったと推定されていたが、新たに奈良時代の建物跡を確認。市教委文化財課は「規模や立地などから役所の可能性が高まった」と説明した。
 今回の調査は4〜6月にかけ、289平方辰納損棔6莢萋發貌猯瓢代の竪穴建物が約10棟あったことが分かった。1つの建物の一辺が約3・5辰搬腓く、工房だった可能性がある。これらの建物がほかと違って当時の役所では一般的だった北向きであることや、「大夫」の「夫」とみられる文字が刻まれた須恵器のかけらも発見。役人の存在がうかがえ、同時代に佐波郡の役所「郡家」があった可能性が大きくなった結論付けた。
 市教委は今後、北東側の発掘調査も行うなどして、見つかっていない政庁などの跡を探す方針。文化財課の平井耕平主任主事は「過去の調査も含め、一帯が古代の役所だった可能性が高い。県内では郡の役所が特定されたところはなく、(国の役所である)国府と郡家が同じエリアにあるところも全国的には珍しい。古代や律令政治の体制を考える上で重要な発見となった」と話している。
 同遺跡は、右田ヶ岳・西目山の南麓から佐波川右岸にかけての平野部に位置する。長さ約1・5繊幅約0・8舛如縄文時代から近世にかけての複合遺跡。1970〜80年代に行われた発掘調査で、250棟以上の掘っ立て柱の建物が確認。弥生時代後期から古墳時代初頭には最大で直径11辰發涼┠蟒撒錣100棟以上あったとみられ、県内最大級の集落だったほか、中世の集落構造の変化を示した遺跡としても知られている。
2018年06月11日(月) No.4112 (未分類)

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