15年間の修理を経てついに完成・英雲荘が29日オープン


開館を待つ防府市英雲荘

 お茶屋町の防府市英雲荘が15年間にわたる修理を経て29日(木)11時から一般公開される。30日(金)以降は9時半から16時半まで開館(入館は16時まで)で、休館日は月曜日(月曜日が祝日の場合その翌日)と年末年始。国体期間中の10月3日(月)は月曜日だが開館する。観覧料は高校生以上300円、小中学生150円、幼児以下無料で20人以上の団体入館には割引がある。
 萩と三田尻を結ぶ53劼砲よぶ街道「萩往還」の終点で、上方への玄関口の位置を占める御茶屋(英雲荘)は「萩往還関連遺跡 三田尻御茶屋旧構内」として国史跡に指定。平成8年度から建物部分の修理工事を行い、今年3月に完成した。三田尻御茶屋は萩藩2代藩主毛利綱広が承応3年(1654年)に設置し、安永5年(1776年)から天明3年(1786年)まで7代藩主毛利重就の隠居場として改築され、完成後は「三田尻御殿」と呼ばれたが、寛政元年(1789年)に重就が亡くなってからはその名称は廃止され、建物の多くは解体された。嘉永4年(1789年)には13代藩主毛利敬親により大規模な改修が行われ、現在の形に近いものができあがった。その後、昭和14年(1939年)に毛利家は御茶屋を防府市に寄付し、昭和16年(1941年)に防府とお茶屋に深く関わった毛利重就の法名から「英雲荘」と命名された。
 現在の英雲荘の建物は4つの部分に分かれている。天明年間(およそ1780年代)の図面ではすでに存在し、文久3年の政変(1863年)から長州に逃れた三条実美ら七卿も滞在した「大観楼棟」(平面積約225屐法¬声31年(1898年)から毛利邸建設まで毛利家当主が暮らした「奥座敷棟」(同約116屐法大正年間に整備された「台所棟」(同約136屐砲函峺軸愿錙廖米洩鵤横横記屐砲らなる。また、離れとして天明6年に国分寺に建設され明治21年(1888年)に現在地へ移築された茶室「花月楼」(同約140屐砲覆匹發△襦修理に際しては照明器具や建具、ふすまなども修理あるいは復元して使われている。
 問合せは防府市教育委員会教育部文化財課(電話25―2237)まで。
2011年09月28日(水) No.2248 (未分類)

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